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Interview研究者インタビュー

企業も消費者もLCAを意識した行動を

CE: 循環経済

CN:カーボンニュートラル

消費者

2050年のカーボンニュートラル実現に向け、企業活動や消費者行動、社会の変革が求められています。こうしたなか、環境負荷の小さい製品やサービスを社会に普及させていくための仕組みとして、製品の原料調達から最終的な廃棄に至るまでの環境負荷を計算して「見える化」するライフサイクルアセスメント(LCA)が注目を集めています。LCAの第一人者である平尾雅彦氏に、LCAの現状、問題点、将来の展望をうかがいました。

平尾 雅彦HIRAO Masahiko

東京大学先端科学技術研究センター
シニアリサーチフェロー

UTLCAの先制的LCA社会連携研究部門において企業とともに先制的LCAの研究に取り組んでいる。

LCAとは何でしょうか

製品やサービスの環境影響を評価する手法です。人間が生まれてから死ぬまでがライフサイクルですが、それを製品やサービスについても見ようということです。原料の調達から廃棄、リサイクルを含め、製品やサービス全体でどのくらいエネルギーや資源が使われ、その結果として地球環境にどのぐらい負荷をかけたのかを定量的に評価します。

例えば、身の回りのほとんどの製品に使われているプラスチックは石油からできているということはわかりますが、その間のことはご存知ない方が多いかもしれません(図1)。まず石油会社が輸入した原油を蒸留してナフサという物質を取り出すと、石油化学会社がそれを熱分解してエチレンやプロピレンなどのプラスチックのもとになる化学物質を作ります。この分子をつなげるとレジ袋に使われるポリエチレンやペットボトルの白いフタになるポリプロピレンなどができます。プラスチックは可塑性があり、熱を加えると形を変えるので、溶かしたり膨らませたりして成形すると様々な製品になります。

図1:化学製品のライフサイクル

製造の各過程でエネルギーが使われ、その間の輸送のためにも燃料が使われます。製品が廃棄された後も、ごみとして燃やせばCO₂が出ますし、リサイクルしても輸送や処理の過程でエネルギーを使います。使用時の環境負荷だけではなく、それがどう作られ、捨てられた後はどうなるのか、地球から資源をもらって返すまでの環境負荷を考えるのがLCAです。環境負荷としては、温室効果ガスによる地球温暖化だけでなく、フロンガスによるオゾン層破壊や、水を使う製品やサービスでは川に排出された有機物が近隣の淡水域や海水域にどう影響するかなども評価します(図2)。

図2:LCAによる環境影響の評価

LCAの概念はいつ、どこで生まれたのですか

1969年に、アメリカのコカ・コーラ社がコカ・コーラの容器として、瓶とペットボトルのどちらが環境に良いのか、環境影響比較評価を研究所に委託したのが最初の事例と言われています。その後、評価手法の研究が進み、90年代には研究者らがLCAの標準的な手順を作成し、ISO(国際標準化機構)によって国際的な標準規格となりました。21世紀になってからは、ISO規格に沿って多くの評価が実施されています(図3)。

図3:ISO規格によるLCAの評価手順

LCAはこの図に示すようなISO規格で定められた枠組みに基づいて以下のプロセスで行われる。1)対象製品・サービスは何か、どのような影響を評価するのか、調査の目的と範囲を明確にする。2)ライフサイクルの各段階について物質やエネルギーのインプットとアウトプットのデータを収集し、インベントリ表を作成する。3)2)の分析をもとに各項目(CO₂、NOXなど)がどの環境問題に対してどのような影響を及ぼすのかを定量的に評価する。4)重要な項目を特定し、結論を導く。

見えにくいLCA利用の実態

日本のものづくりの現場ではLCAは使われているのですか

産業界では1990年代からLCAを実施しようという機運があり、1995年には「LCA日本フォーラム」という産官学が集うプラットフォームも設立されています。実は、日本の企業は「環境に配慮した製品を作る」という意味では世界の中でも進んでいる部分が多いのです。

特に、海外展開が進む大手の自動車メーカーや電機メーカーはLCAに対する感度が高く、おもに製品設計の段階で素材による環境負荷の違いなどをLCAによって計算しています。例えば、電気自動車のどの車種が、どのくらい距離を走ると環境への負荷はどうなるかなどはLCAでたくさん計算され、公表もされています。ただ、消費者はそうした情報を、自動車を選択する際の判断に使っていません。関心が高くないことがわかっているので、企業側も、LCAの結果を公表するメリットを感じていないかもしれません。

日本のペットボトルの回収率は世界でも群を抜いていますが、ここではLCAはどう機能したのでしょうか

LCAの貢献はあったと思います。ペットボトルの業界団体は早くからLCAを計算し、リサイクルによってどれだけCO₂排出量が削減されたかなどを報告してきました。リサイクルをするとかえって環境負荷が増えるとして反対する論調もあったのですが、リサイクルをしたほうが環境負荷が小さいというLCAの結果が示されたことで、リサイクルが進んだと思います。

日本は、早くからリサイクルや資源を効率的に利用する取り組みを進めてきました。2001年には世界に先駆けて「循環型社会形成推進基本法」が施行され、生産者が製造段階だけでなく、使用後のリサイクルや廃棄処分についても一定の責任を負うという考え方が明記されました。それに基づく個別のリサイクル法もおそらく世界で最も優れた仕組みになっていると思います。

そうした中で、プラスチックのリサイクル技術の開発もさかんに行われています。例えば、分別されて回収された容器包装プラスチックの約半分が、コークスの一部の代替として高炉で鉄鉱石を還元するのに使われています。単に高炉に投入すればよいわけではなく、高い技術が必要とされますが、それをクリアして実行されているのです。LCAからも、この使い方は環境負荷が低いことが確認されています。

廃プラスチックを化学的に分解してガス化し化学原料にするケミカルリサイクルも早くから行われています。使用済みペットボトルを新たなボトルに再生する「ボトルtoボトル」リサイクルの技術は世界でも最先端です。

ただし、こうした日本のリサイクルの仕組みや取り組みは海外ではほとんど知られていません。政府機関からも、企業からも英語の発表資料が少ないためです。日本のメディアにも日本の実態が正しく理解されておらず、日本はヨーロッパに比べて遅れているという論調が支配的なのは残念です。

LCAを実施する場合の課題は何でしょうか

計算に使うデータが正しいかどうか、検証しきれないことです。その1つとして、詳細な数字を把握できない場合があります。例えば、製品をある方法でリサイクルした場合、運ばれた距離やそのために使われた車の燃費、工場で使われた電気など、どのくらいのエネルギーが使われたのかを正確に算出するのは困難です。その場合は平均的とされている値を使います。

もう1つは、データを集めるのが大変であるということです。詳細な数値があっても、企業の競争力に関わるので開示されない場合もあります。素材産業にとって基礎原料やエネルギーのコストは競争力に直結するデータなので、なかなか教えてもらえません。そこで、学術文献などから推定できる場合はその数値を使います。

ポリエチレンなどの汎用的なプラスチックは複数社が作っているので、全体の平均値という形で公表されている場合もあります。ただし、ほんとうは工場によって燃料や作り方、設備の規模が違うはずなのですが、工場ごとのデータはわかりません。そのため、シミュレーションデータを使うこともあります。コンピューター上に化学工場を作って工程を再現し、必要なエネルギーや排出物などの量を計算するのです。

現在は、産業技術総合研究所の努力によって、このようなLCAの実施に必要なデータを集めたデータベースも利用できるようになっています。

対応を迫られる企業

2050年カーボンニュートラルの実現に向け、企業の環境情報開示のスタンスや技術開発の方向はどう変わるのでしょうか

これからは、企業は環境情報を開示しないわけにはいかなくなります。経済産業省と環境省は、2023年3月に「カーボンフットプリントガイドライン」を取りまとめ、5月には実践ガイドも公表しました。これは、企業がカーボンフットプリント(ある製品のライフサイクルで排出される温室効果ガスの総量をCO₂量に換算したもの)を算出して開示するための指針です。国もそうした情報を開示しないと経済が国際的に立ちゆかなくなると考えているのです。

すでに、米国のアップル社は材料や部品の調達先企業に対し、納入する製品を太陽光や風力などクリーンな電力によって製造するよう要請しています。そのため、納入業者はアップル社向けのラインだけ再生可能エネルギーを使って対応しています。今後こうした傾向が広がると、現在はエネルギーや原料を化石資源に依存している上流の素材産業も、再生可能エネルギーや非化石資源由来の素材を使わざるを得なくなります。

そのため、鉄鋼メーカーはコークスの代わりに水素を利用して鉄を作る方法を研究しています。化学メーカーも植物由来のバイオマスプラスチックの研究や、空気中のCO₂からプラスチックを作る研究を行っています。2050年から逆算して2030年までに新技術をある程度実用化する想定で経営シナリオを作っている企業が多いです。企業にとって厳しい時代ですが、そうしないと生き残れなくなっているのです。従来はLCAの結果やLCAに必要なデータを開示しなかった業界も、開示する方向に向かうのではと思います。

欧州連合(EU)は、域内で販売される自動車用、産業用、携帯型などのバッテリーを対象に、廃棄されたバッテリーの回収率や、原材料別の再資源化率などの数値目標を定め、メーカーには2024年以降それらを順次達成することが義務づけられています。このように、製品の環境影響の規制は欧州で先行して決められる傾向がありますが、日本メーカーへの影響をどう見ていますか

EUには政策作成のための研究所があり、そこにはLCAの専門家もたくさんいます。政策はトップダウンで決まり、外交力もあるので、欧州が決めた基準に各国が合わせる方向にあります。

欧州が主導するからLCAの採用が進んでいくという面はあり、それは評価すべきですが、日本のメーカーにとっては難しい側面もありそうです。実際、日本のメーカーが新しい材料を欧州企業に提示したところ、欧州基準のLCAを実施し、結果を出すように言われたという話も聞きます。ただし、日本もISOでの規格作成の議論には早くから参加しているので、国際的な標準を作っていく上で一定の役割は果たせるかもしれません。

企業がカーボンニュートラルへの対応を急ぐ中、東大が未来戦略LCA連携研究機構(UTLCA)を設立した狙いを教えてください

現在の製品やサービスについては、LCA実施のためのデータベースがあり、解析のためのソフトウェアもあるので、企業は自分でLCAを計算することができます。しかし、現在開発中の技術は、カーボンニュートラル実現に向けて様々な変化が起こる中で実用化されます。そのときのLCAを計算するのに、現在のLCAのデータベースは使えません。LCAのデータベースには、例えば鉄1キログラムを使うとどのぐらいのCO₂が排出されるかという数値がありますが、鉄の製造による環境負荷は2030年、2050年時にはもっと小さくなっているはずです。電機製品を動かす電力も再生可能エネルギーの比率が今よりも高くなり、製品の使用時の環境負荷が下がることでしょう。

こうした変化を考慮し、現在開発中の技術は2050年にカーボンニュートラルが実現されたときにも価値があるのか、未来の環境負荷を定量的に評価しようというのが「先制的LCA」です(図4)。先制的LCAを研究することが、UTLCA設立の大きな目標の1つです。

図4:先制的LCA

技術開発が進みカーボンニュートラルが達成された社会では、電源構成や素材の調達先、リサイクルによる材料生産の比率などは大きく変わる。このような変化を想定して開発中の技術のLCAを行う。

東大には未来ビジョン研究センターという組織もあり、そこでは、2050年に向けて太陽光や風力、水素などのエネルギーの比率をどうしていくべきかという長期的ビジョン案を提示しています。UTLCAでは、それを受けて将来の電源構成などを決め、先制的LCAを行います。先制的LCAでは、環境負荷だけではなく、必要となる電力量や資源量も評価していきます。そうしないと、グリーン水素や太陽光、蓄電池は将来無限に使えるという誤った想定で製品開発が進んでいきかねません。

UTLCAが設置した社会連携研究部門には、自動車、自動車部品、化学、鉄鋼、自動車リサイクルなど様々な業界の企業が参加しています。鉄鋼やプラスチックの製造の姿はどう変わるのか、製品の作り方や使い方はどうなるのかなどについて、分野を超えた議論が必要だからです。また、電気自動車が普及するとリチウムイオン電池も含めたリサイクルにはどんな仕組みや技術が必要になるのか、廃プラスチックから新たなプラスチックが作られるようになった場合、旧来の化石燃料由来のプラスチックとはどう使い分けていくのかといったことも時間軸に沿ってシナリオを考えていかなければなりません。これは非常に複雑な作業であり、だからこそ大学がやる価値があると思っています。

消費者も製品の上流や下流を想像しよう

LCAを社会に浸透させるには何が必要ですか

私は消費者の存在が大きいと思っています。行政がいくら基準や仕組みを作っても、生産者側がいくら環境に配慮した製品を作っても、消費者が協力しなければ社会全体のシステムが動いていきません。消費者の皆さんにはぜひ、身近なもののライフサイクルを想像していただきたいです。

例えば、皆さんが洗濯をする場合、電気や水の使用による環境負荷が気になるかもしれませんが、洗剤の使用も大きな環境負荷要因だということがLCAからわかります。洗剤の原料として、熱帯雨林減少の要因の1つとされるパーム油が使われているからです。ライフサイクルを知るとはそういうことです。

飲料水にしても、輸入品のミネラルウォーターをコンビニで買って飲むとCO₂排出量は沸かして冷やした水道水を水筒から飲むより500mlあたり6倍も多くなります。生産や流通段階、可燃ゴミとしてペットボトルを処分する際に環境負荷がかかるためです。(図5)

図5:飲料水をどう選ぶか

ガラスのコップで水道水を飲むと環境負荷はほとんどゼロだが、国産、あるいは海外産のミネラルウォーターを自動販売機やコンビニで買い、ペットボトルを可燃ゴミとして廃棄すると300g以上のCO₂が排出される。

また、衣類・繊維は環境負荷が高いにも関わらず、リサイクルの手段が確立されていない分野です。ファストファッションの大量生産・大量販売のビジネスモデルは衣類の大量廃棄につながる恐れがあります。フランスでは、2022年1月から企業が売れ残りの新品の衣類を廃棄することを禁止しました。消費者の皆さんも、羊はどんな環境で飼育されているのか、綿の栽培や紡織、縫製はどう行われているのかなど、上流で起こっていることに関心を持っていただきたいです。衣類に限りませんが、過剰に購入せず、購入したものは手入れや修理をして使い倒し、最後は分別してリサイクルできるように廃棄するのが、LCAの観点からは一番いいのです。

人間の活動によって生まれる環境負荷は地球1個分に収まらなければなりません。それを超えている現在の消費と生産のサイクルは「持続可能」ではなく、できるだけ早く変えていくべきです。UTLCAは、そのように社会を変えていくことに貢献したいと考えています。

(取材・構成:井上裕子)

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